クリニックのスタッフマネジメント

クリニックのスタッフマネジメント

開業医において、この要素は最も重要な課題であると言っても過言ではないと思う。

そもそも医師は開業するまで多くは勤務医であり、人を雇用した経験がないことがほとんどだろう。

しかしひとたび医院を開業すると、何歳であっても突然院長と呼ばれ、経営者になってしまう。

しかも、雇うのは多くの場合女性スタッフであり、そのマネジメントは本当に難しく感じることが多いだろう。

その中で、私が感じるポイントをいくつかあげていきたいと思う。

(私自身も発展途上であり、下記に書くことは、すべて完璧にこなせているわけではないことをご了承頂きたい。また、今までブログで触れてきたことと被る内容もある。)

医院の繁栄はスタッフの働き方に依存する

患者満足度は、スタッフ満足度に比例することは間違い無いと思う。

スタッフが働きやすい、やりがいを持って働いている、というのは、患者に明らかに伝わるものだ。

患者は医院の門をくぐり、診察を受けて会計して出ていくまでの間、医師と関わっている時間より、スタッフと話をしたり、スタッフの動向を見ている時間の方が通常長い。

それ故、スタッフがどのようなメンタルで働いているかは、患者には非常に影響を及ぼす。

そしてスタッフが皆いやいや働いていると、患者との間に細かい問題が生じた場合、そのスタッフは自分の努力でそれを解消しようとしなくなる。

結果、もちろん患者にとっては不快な思いになるだろう。

それを院長がスタッフに指摘しても、そもそも聞く耳を持たれないことになり、スタッフとの関係に溝ができてくる。そうして悪循環が始まる。

しかし逆にスタッフが医院に対して感謝の気持ちがあり、忠誠心がある場合、患者との問題が生じたときは自分の努力で改善しようとするし、院長がそれを指摘しても、納得してくれるだろう。

「こっちが雇ってやってるのに」という感覚になりそうになるのは経営者なら当然出てくることのある感情だろうが、「数ある職場の中でここを選んでくれてありがとう」という姿勢を見せていくことが、まずは前提として非常に重要だと思う。

(そうは言っても私も人間なので、「こっちはこんなにやってあげてるのに!」という気持ちがもたげることはもちろん時々あるが、そこはアンガーマネジメントしていくしかないのだろう。経営者が最も弱い立場であることもある。。)

スタッフが長く働くと人件費は上がるのか

ここで一つの疑問が生じることがある。確かにスタッフが働きやすいと感じていると、勤務期間が長くなり、場合によっては定年まで勤め上げることもあるだろう。そうすると、もちろん昇給していくことになり、結果一人当たりの人件費が上がってしまい、経営を圧迫しないか。

それならば、新人が来ては数年以内で辞めてまた新人が来るというように、回転が早い方が、人件費は低く抑えられる気がする。しかもいつも若いスタッフがいることになり、医院に活気が出るのでは、と思う向きもあるかもしれない。

しかし、当院の例では、やはりできるだけ長く勤務してくれている方が、経営的にも、運用的にもスムーズになると感じている。

まず、スタッフの回転が早いと、募集を常にかけていく必要があり、募集にかかる費用はバカにならない。一度の募集で十数万かかることはザラだ。しかもこの求人難の時代、採用は本当に難しい。

採用に時間が取られると院長は非常に疲弊し、他に考えるべき前向きなことに労力を使えなくなる。

しかもいつもあそこは募集している、という評判になると、働きにくい職場ではないかと警戒される。

また運用面では、長く経験しているスタッフが多い方が、業務の移譲が楽なのはもちろん、患者とのトラブルがあった時に、問題が大きくなる前に院長の代わりに納めてくれることもあるだろう。

確かに人件費が少しずつ上がることはやむを得ないが、募集の費用がかからないこと接遇によって患者の離脱を減らすことができることを考えると、昇給部分程度は十分賄えると思っている。

もちろん、昇給が青天井ではだめなので、賃金規定を定め、上限を設け、それ以上は役職に応じて、などとしておくのがよいと思う。

しかし新人を定期的に入れるべき

上のことと少し逆説的なことであるが、新人を定期的に入れることは大事だと思う。

長く勤務してくれることが大事ではあるのだが、やはりそのままでは、段々スタッフも慣れてくると緊張感がなくなってくる。

現在勤務医の先生、サラリーマンの方でも、同じ職場に長く働くことになると、徐々にだらけた気分になってくることを経験されることもあっただろう。

これは誰でも同じである。そういう時に新人が入ってくると、先輩として見られている、という意識が出る。

そういう意味でも、1年に1名くらいは新しいスタッフが入ってくるくらいがちょうどよい気がしている。

クリニックスタッフのモチベーション

医師のキャリアアップは明確である。

この手術ができること、この疾患の診断がつけられること、専門医を取得することなど、はっきりとした目標が立てやすい。

しかし、クリニックスタッフという仕事は、医師と比べ明確な達成基準が立てにくく、目標が定めにくい。

そこにクリニックスタッフのモチベーションを維持することの難しさが存在する。

そもそも、明確にキャリアを積んでいきたい、資格を取ったりしてどんどん上に上がりたい、というタイプの人は向いていない職種であろう。

すなわち、採用の時点で、そういうタイプの人であるかを見極める必要がある。

面接時、ハキハキと返事もするし、仕事のやる気も十分感じられる、どちらかといえば気が強いタイプの人を採用した所、クリニックスタッフの仕事が合わず、看護師学校に通い始めるようなことがある。

それはそれで悪くないのだが、どちらかと言えば、「和」を大事にできること、勢いで仕事をするのではなく、地に足がついて真面目にきちんと業務をこなせること、臨機応変に状況に対応できること、などがこの職種の適性だろう。

そして話を戻すが、どうすればそういったスタッフの仕事のモチベーションを保つことができるのか。

それは、「働きやすさ」「存在価値が感じられるか」につきる。

人間関係が良いか、休みたい時に休めるか、その職場での自分の存在意義が感じられるか、こういった要素が大事である。

もちろん給料がある程度高いに越したことはないが、私の経験上、高ければ高い方が良い、ということは全くない。

高い賃金が魅力で入職する人は、逆に後に、賃金の不満で辞めていくことがある。

給料の高さに重きを置いていない人もこの職種を選ぶ人には多く、周囲の同業医院と同レベルか、やや高い程度に留めておく方が良い気がしている。

もちろん全く目標がないとモチベーションは下がるため、ある程度の達成目標や、医院に定期的な変化を加え(新しい診療を始める、新しいシステムを導入する、新人教育させるなど)、それぞれのスタッフに達成目標を立て意識させることは大事ではあると思う。

まめにスタッフに声をかける

スタッフにはまめに声をかけるべきだ。

そういったことが苦手な医師も多いだろう。診療が終わればすぐ院長室にこもるタイプの医師もいると思う。

しかし、たとえ数秒でも、スタッフとの他愛もない会話をすることが非常に重要だと考えている。

私自身の経験だが、ある中核スタッフがおり、忠誠心も高く、私の考えを非常によく理解してくれていて安心して仕事を任せていた。

そしてある時期、問題あるスタッフや不満を述べるスタッフに対する対応を優先していたことがあった。

その間中核スタッフと雑談する機会がなかったが、いつも通り仕事をきちんとこなしてくれており、私はそれほど気に留めていなかった。

すると、数ヶ月後、その中核スタッフが「最近自信がなくなってきたので退職を考えたい」と申し出て来られたことがある。

その際はあまりに思いもよらず驚いた。そして説得し、結局残留してもらうことになったのだが、どのスタッフにも満遍なく声をかけていく必要性を痛感した。

挨拶の意味

そのことがあってから、私自身気をつけるようにしたこと。

出勤時、退勤時の挨拶をきちんとし、その時のスタッフの顔色を常に見るように心がけている。

心に何かを抱えているスタッフは、挨拶の時に目が合わない、体がこっちを向いていない、などの変化が見えてくるものだ。

そう感じたら、こちらから、「最近調子どうですか、何かありましたか」などと声をかけるようにしている。

もちろん家庭のトラブルのこともあるだろう。それでも院長が一人一人のメンタルを気にしてくれている、という姿勢は大事だと思う。

そう言った意味で、挨拶は重要な意味を持つと感じている。

個人面談の必要性

どういった職場でもそうかもしれないが、得てして「声が大きい人」「いつも主張している人」「よく喋る人」「いつも不満を述べている人」の意見が通ってしまうことがある。

私はこれが最も怖いことだと思っている。

上の「クリニックスタッフのモチベーション」の項で触れたように、真面目に黙々と仕事をこなせる人が大事なのだが、そういうタイプの人は自己主張をしないことがよくある。

そしてそういう人は、職場に不満が出てくると、特に意見することなく、職場を去ってしまう。

上述の「声が大きくてよく喋る主張が強い人」はクリニックにそぐわないことが多い人だろう。

しかしそういう人の意見が全体の意見かのように院長は思い、改革してしまうことがあるのだ。

そして医院にとって大事な、声を上げないスタッフが、静かに去ってしまうのだ。

とにかく、「言ったもの勝ち」だけは避けなくてはいけないと思っている。

それを避けるためには、一人一人と面談で、意見を吸い上げるしかない。


当院では3ヶ月1回、個人面談をしている。

早めに意見を聞くことで、スタッフの不満が大きくなって後戻りできないところまでくる前に、問題が大きくならずに食い止める必要がある。

当院の例だが、8名中4名が退職を考えている時があり、面談で早めに話を聞けたので、2名の退職を食い止めることができた。

聞いてみると、「あるスタッフは交代で休みをあげて代わりに出勤しても、その後感謝の言葉がない」「新人は仕事の説明をしている時の聞く態度がなっていない」などというようなことから不満が始まっていた。

一つ一つは小さなことでも、積み重なると大きくなる。

もし面談せずに4名に辞められると、医院オペレーションに多大な影響が出ていただろう。

そして、面談の時のポイントであるが、院長のトップダウンの意見を述べる時間にしてはならない。

極力スタッフに話をさせるべきだ。その際に反論が頭に持ち上がっても、頭ごなしにそれを出すべきではない。

まずはそのスタッフが何を考えているかを吸い上げることに徹するべきだろう。

これは簡単なようで、非常に難しい。

しかし結局面談は院長の意見を聞くだけの時間だ、という認識になってしまえば、その後面談をする意味が全くなくなり、その印象を払拭するのは中々困難になってしまう。

その面談で解決しなくても、「院長が私の気持ちを理解してくれている」ということだけでスタッフの心は落ち着くこともある。

しかしもちろん、スタッフの言いなりになるのは良くない。

院長としての病院に対する考え方をきちんと持ち、それをスタッフの腑に落ちるように説明しなければいけない。

私は常に、「8割はあなた方の意見を聞きますよ、しかし2割は医院のために協力してもらわないと、結局皆の意見を聞くことができなくなってしまいますよ」という考え方を見せるようにしている。

しかしその院長の意見を述べるのは、一旦全員の面談が終わり、その後全員、必要に応じもう一度個人と話をしていくようにするべきだと思う。

飲み会はいるのか

当院は年に2回、納涼会、忘年会(スタッフの歓送迎会兼ねる)のみ行なっている。

お酒の席でなら腹を割って話ができる、という考えの院長もいるだろう。

それ自体は否定しない。

しかし、飲み会では逆に自分の意見を上手に出せないスタッフも多いだろう。

私自身勤務医の時、自分の行きたくない飲み会に義務で参加させられることは非常に苦痛だった。

飲み会は全くなくても、マネージメントは可能だと私自身は思う。

ただ、院長のいない、スタッフ同士の交流を深める飲み会、旅行などは推奨している。

その資金のみ提供し、私は参加しない。

例えば新人スタッフがうまく馴染めていない場合、そのスタッフと気が合う先輩数人と食事に行ってもらい、その費用を医院で負担することもある。

とにかく、院長が自分の武勇伝を語り、スタッフに気を遣わせていい気分に浸るような飲み会は全く意味がない。

マネジメントが苦手な場合

経営者として人を雇用し組織を運営する以上、人事を避けて通ることは不可能である。

しかし上述のようなマネジメントが苦手な医師もいるだろう。

しかもある程度の規模になれば、スタッフ全員に目を配ることは困難になってくる。

10人を超えるとマネージメントが難しくなる、というのは良く言われるところだろう。

その際、人事を手伝ってくれる人員を配置することは有用だ。

当院はスタッフの中でそういう仕事が得意な人にシフト管理や他のスタッフの意見の吸い上げなどを一部任せている。

さらに可能なら、社労士など、医院の外部に意見を聞いてくれる人がいるとさらにいいだろう。

もちろん院内に、院長の考えをよく理解している事務長を迎え入れられたらベストだろうが、当院においてはまだ配置できていない。

ただいずれにせよ、丸投げでは絶対ダメで、院長が関わっていくことが最重要ではあると思う。

番外編:院長は清潔感を意識する

細かい話だが、意外と大事なこと。

女性は男性以上に、その人に清潔感があるかを良く見ている。

いかに偉そうなことを言っていたり、優しい性格であったりしても、清潔感のない医師に付いて行こうとはしないのではないかと感じている。

白衣は汚れていないか、そもそも体にフィットしているか、髭かきちんと整えられているか。

清潔感がなく、生理的に受け付けられないと、もちろん患者も来なくなるだろう。

行き過ぎたこだわりは良くないと思うが、我々男性が思う以上に女性は清潔感を重視していると考えた方がよいと思う。

まとめ

医院の繁栄はスタッフの働き方に依存していることを肝に銘じ、一人一人のスタッフにきちんと目を配っていくことが非常に大事である。

そのためには、大変ではあるが、定期的な面談をするなど、「あなた方のことをいつも見ていますよ」という姿勢を見せていくことが肝要だ。

回り道のようだが、結局それがスタッフの定着に繋がり、ひいては患者満足度に至る。そして結果として院長の労力を減らすことに繋がると思っている。

私自身、改めて意識していきたい。

記事の執筆者 MM (医学博士、耳鼻咽喉科専門医、医療法人理事長)

記事の執筆者 MM (医学博士、耳鼻咽喉科専門医、医療法人理事長)

耳鼻咽喉科クリニックの理事長として日々の診療、理事長業務を行うかたわら、開業医・開業準備医師限定のオンラインサロン「ドクターズチャート」をよいこはこいよと2019年に設立。
現在オンラインサロンは会員数1100名超(2022年2月現在。)
Twitterフォロワー数13,700人、音声配信メディアVoicyパーソナリティ

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